遭遇

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入院して数カ月。季節は巡り、当時2年だった俺は3年へと進級した。 嬉しくもなんともないが、入院生活が板についてしまうほどの時が経った。 入院当初はひっきりなしに来ていた見舞いも、今は家族と週一程度でくる部活仲間くらいになった。 おかげで勉強も読書も落ち着いてすることできた。 それでも大して変り映えのない毎日は退屈でたまらない。 そんな時は外に出てみる。もちろん院内限定だが、屋上へ行ったり、中庭に行ったりと散歩をする。 あの場所へ行ったのもそんな気分の日だった。 「幸村君おはよう。気分はどう?」 「おはようございます。今日は何だか調子がいいみたいです」 すっかり顔なじみになった看護師との軽い挨拶は退屈な毎日の始まりの合図でもある。 あいつらが来るのであればまた別だが、県大会が近いのでしばらくはこっちに来る予定はなかった。 「今日は天気もいいですね。散歩には丁度いい感じで」 ちらりと窓に目を向けながら俺は言う。 「そうですね。よかったら先生に許可を取っておきましょうか?」 「本当ですか?ぜひお願いします」 わかったわ。と言って彼女は部屋を後にした。 こんな時の為に日ごろから規則を守って生活している。その方が多少のことは目をつぶってもらえるからだ。 午前中は勉強を少しして、散歩は午後からにしよう。 そうして勉強している間に、許可取りましたよ。と声が聞こえた。 「ありがとうございます」 俺はそう応え、午後の予定に思いをはせた。 そう、この時まではいつも通りだった。 ―**--**--**--**--**--**--**--**--**― 「ここは……いったい?」 そう口に出してしまうほど、この場所は異質だった。 俺はついさっきまで中庭にいたはずだ。 「それで確か……」 そうだ、確か中庭のはずれに見たことのない道があって、好奇心に駆られた俺は迷うことなくそっちへ進んだのだ。 今考えると、その時の俺を殴ってでも止めたかった。 後ろを振り返ると何もない。 景色とかそういうのはあるけれど、戻ったところでどうにもならないのが何となく分かった。 となると、あとは目の前に真っすぐ伸びる一本道を進むしかなかった。 歩きながら思うことは、やはりここは異様だということだ。 まずは空。どんよりと曇っていて、今にも雨が降り出しそうな色をしている。 だがそれ以上に異様なのが、その空を明らかにおかしな物が飛んでいることだ。 机や椅子から始まり、自転車、靴にお金まで。とにかく日常生活で見かけるありとあらゆる物が浮いていた。 「ん?」 空ばかり見ていたせいか、何かを蹴飛ばしたらしい。 足元を見ると馴染のある物が転がっていた。 「テニスボール?」 とりあえずそれを拾い上げ上体を起こすと、目の前に扉があった。 「え?」 よく見ると扉だけではなく、家が一軒建っていた。 さっきまでは何もない一本道に突如として現れた家。 ますます何が何だか解らない。 先に進もうにも、肝心の道は完全に行き止まりになってしまった。 しかたない。意を決してコンコンと扉を叩く。 「すみません。どなたかいらっしゃいませんか」 すると扉はギィっと不気味な音をたててゆっくりと開いた。 やっと人に会える! そう思ったのもつかの間、開いた扉の向こうには誰もいなかった。 ただ短い廊下と、ドアがまた見えるだけだった。 ぱっと見普通の家の玄関だった。 でも靴を脱ぐ場所がなかったので、そのままあがることにした。 そして俺はゆっくりとドアを開けた。 「おじゃまします」 中は意外と普通だった。異様に広い部屋と天井までのびる壁一面の本棚を除けば。 ふと部屋の奥に目を凝らすと、巨大な白い塊が見えた。 少しずつ近づくと、それは何かの繭に見えてくる。 そしてもう一歩それに近づこうとした瞬間。ゾクリと全身が震えあがった。 今ナニと目があった……? そんなはず、そんなはずない。単なる気のせいだ。 けれどそんな俺の思いとは裏腹に、それはゆっくりと動き始めた。 繭は徐々にほどかれて、やがて蛾の翅ような形をした真っ白な羽が広がり、宙へと飛んだ。 それには胴体がなく、代わりに黒い卵あり、その卵の背から羽は生えていた。 宙に浮かんだそれは俺の何十倍も大きく、怪獣とか実際にいたらこんな感じだろう。と場違いにもそんなことを考えた。 逃げるなきゃとかそういう考えは特にない。そんなことしたらきっと俺は一瞬で死んでしまう気がしたから。 「死ぬならひと思いに殺して欲しいなあ」 そう呟いた時だった。 「人の子よ、お前は何故ここにいる」 あまりにも場違いにな、透き通った女の子の声が響いた。 「私は魔女、名は・。もう一度問う。人の子よ、お前は何故ここにいる」 なにゆえって、そんなのこっちが聞きたいくらいだ。 でも答えなきゃ殺される。そんな予感から俺は口を開いた。 「見慣れない道があって、入ってみたらここにいました」 「ならば何故この部屋に入れた」 間を空けず再び問われる。どうやら満足のいく答えではなかったらしい。 「人の子、その手に持っているのはなんだ」 「え?」 言われて視線を下げるとさっき拾ったテニスボールだった。 「嗚呼なるほど、だからなのか。人の子、お前から懐かしい気がしたのはそのせいか」 そう声が聞こえると、それまで感じていた「死ぬかもしれない」という感覚は消えた。 同時にそれは飛ぶのをやめ、再び繭の形へと戻っていく。 「人の子。お前がもとの世界に帰りたくば、そこの扉から帰るといい」 するとどこからともなくキィと音をたて扉が開いた。 「あ、ありがとございます」 俺が歩き出すと後ろからもう一度声が聞こえた。 「もとの場所に戻るまで後ろは振り返らないことだ」 「わかりました」 そう言って扉をくぐった。 途中何度か振り返ろうとしたが、その度に何だかとても嫌な感じがし何とか堪えることができた。 そして辺りが歪んだかと思うと、俺は中庭にいた。 ―**--**--**--**--**--**--**--**--**― その後がまた大変だった。どうやら俺は何時間も行方不明になっていたらしい。 もう院内が大騒ぎで、病院から呼ばれたらしい母さんは俺を見るなり抱きついてきた。 それから簡単な検査をすませながら、看護師長からきつーいお叱りをうけ、おまけにしばらく外出禁止と言われた。 言い訳として中庭で眠ってしまったと話したが、何度も探したと言われ信じてもらえなかった。 まったく、こっちだって好きでこんな騒ぎ起こしたかった訳じゃないのに。 騒ぎもひと段落して母さんも帰り、ようやく病室にいつもの静けさが戻った。 「あーあ、いっそ夢だったらよかったのに」 でもパジャマのポケットから出てきたボールがそれを赦さなかった。 とにかく今日はとても疲れた。はぁと息を吐くと同時に目をつぶる。 なぜか耳に残るのはあの透き通った少女のような声だった。 |