蚕の魔女

 



あの日から2週間。県大会が近いというのに、次の日焦った顔でレギュラー全員が見舞いに来た時は笑ってしまったのもいい思い出だ。

大会の方は関東大会進出と順調だ。

でも俺自身は何も進展せず、未だ退院の見通しはつかない。

全国大会まであと2ヶ月しかないというのに……

そんな俺の気分とは裏腹の快い風が吹く。

あの日のボールは今も手元にある。

最近このボールを握りながら考えることが多くなった。

テニスがしたい。というのが一番の理由だと思うけど、どこかであの声をもう一度聞いてみたい気持ちもあった。

外出禁止もこの前解除されたし、天気もいいから散歩に行くと言えば許可はでるだろう。

俺はベッドから降り、中庭へ足を運んだ。





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そこにはあの日と同じように道ができていた。

改めて見ると異様な存在感をそこから感じる。

この先に続くものを知ったからなのか、あの時の俺がうかれて気づかなかったからのかはわからない。

俺は意を決してその道へと踏み込んだ。

歩き出すと徐々に風景が変わっていくのがわかる。

すると道のど真ん中に矢印の看板が現れた。


                   


「読めないや」


見慣れない文字にひとまず看板が指す方を向くとポツンとドアがあった。


「いや、さすがにこれは……しかたないか」


ドアの取っ手に手をかけた瞬間、目の前に何かを突き付けられた。


                   


よく見るとあの文字で書かれた看板だった。

下を見ると巨大な手がソレを持っていた。

どれくらいの大きさかと言われても何と比べればいいか分からない。

ただ手だけがそこに存在していた。


「あの、俺この文字読めないんですが」

「レフト。もうそれはいいからライトの手伝いをしなさい」


あの声だった。

しかも前とは違い今度は普通の声として聞こえた。

周りを見渡すと離れた所に女の子がいた。でもよく見ると何か違う。


「また来たのね人の子」


彼女がこちらに歩いてくるにつれ、違和感の正体がわかった。

彼女の身体はほとんど人形と同じだった。

例えば目がぼたんだったり、髪も毛糸だったりと、生身の箇所のほうが少ない気がした。

そして部屋の中央にいつの間にかあった白いテーブルとイスの前でとまった。


「こちらに来て座りなさい」


俺は誘われるがままそちらへ向かいイスに座った。


「私の名前は覚えているかしら?」

「……?」


名前と聞かれてうかんだのがこれくらいだった。


「そう、魔女。この子はお話用に作った人形名前はエンプティ。あっちにいる手がライトとレフト、仕事は家事全般」


どうやらのいうエンプティとは彼女の代用品で、せわしなく働いている巨大な手がレフトとライトらしい。


「目の前にいる君がエンプティなら、自身はどこにいるのですか?」

「あそこにいるのが私」

指された方は部屋の隅っこのちょうど日差しが当たる場所で、そこにあの繭があった。


「私の感覚は全てエンプティから伝達される。だから態々動く必要はない。この子は人形だから初めから意思も何もない。だから人の子がエンプティによって見て、聞いて、感じる全てが私自身の行動。だからこの子もと呼んで構わない」


そう話し終えるとはイスに腰掛けた。

それを見計らってかライトとレフトが多分お茶とお菓子を持ってきた。

それらを受け取ったは慣れた手つきでカップにお茶を注いでいく。


「またここに来るとは。人の子お前は相当な物好きのようだ」


その音との声はとても心地よく、すんなりと俺の耳へと伝わっていく。


「それは何というか、なんとなく……です。あと俺は幸村精市っていうちゃんとした名前があるんですが」


差し出されたカップを慎重に受け取りながら答えると、はその口元を上げた。


「それは今まで名乗らない幸村精市お前が悪い。で、他に聞きたいことはあるか?」


何かあるんだろう?と彼女は左手でカップを持ちながらお茶を啜った。

口元は人でも基本的に人形なので不思議な光景だった。


「なら最初に、ここはどこですか?」

「私の結界の中だ」

「結界?」

「私たち魔女が姿を隠すために作った別空間みたいなものだ」


別空間とかまたやけにファンタジーっぽい話だなあ。

ゲーム好きの赤也とか面白がりそうだ。


「じゃあ魔女ってなんですか」

「太古の昔から人と共に歩んできた、もう一つの人の歴史。とでも言っておく」

「それはまた規模が大きいですね。私たちって事は貴女みたいな魔女が他にもいるんですか?」

「いる。でもそれぞれ性質がまるで異なっている。人を見つけ次第問答無用で殺したり、喰ったりする奴もいる」

「貴女も同じ事するんですか?」

「過去に似たような事なら。それが魔女だからな」

「なら俺のことは?殺したり食べたりしないんですか?」


自分から言い出したくせに、口に出した言葉は思っていた以上に冷たく響いた。


「私をその辺の能無しと一緒にするな。私は魔女の中でも特別と言われているからな」

「へぇ……それは誰にです?」

「白い悪魔」


冗談半分に聞いてみた質問の答えは一切感情のないものだった。

きっとこれ以上は聞かないほうがいいんだろう。


「そうえいば今何時ですか?」


話を変えるために時間をたずねてみた。


「時間?」


そんなに意外だったのだろうか。声色から何となく戸惑う雰囲気が感じた。


「そうです。あの窓から見るとまだ明るいみたいですが……俺この前来た時すごく怒られてしまったんで、今日は早く帰ろうかと思って」

「時間……わからない。この部屋の外はいつも同じだから」

「え!?じゃあもう夜ってこともあるんですか!?」


また病室に軟禁なんて冗談じゃない!早く帰らないと。


「帰るのか幸村精市」

「ええ、帰り道またお願いしたいのですが」

「わかった」


そう言うと壁にドアが現れ、ライトだかレフトが例の看板を持って横に立った。


                    


「お茶ごちそうさまでした……あの、

「なんだ」


俺が呼びかけると、まだお茶を飲んでいた彼女は顔を上げた


「またに会いに来てもいい……ですか?」


恐る恐る聞くとがフッと笑った気がした。


「晴れの日に同じ場所で、そのテニスボールを持ってこい。道を開けてやる」

「本当ですか?」

「嘘を言うのは人間くらいだ」

「ありがとうございます!」


それが何だかとても嬉しくてたまらなかった。

もしかしたら入院してから一番うれしかったことかもしれない。


「それじゃあさようなら」


そして俺はドアを開いた。

どうやら今回はすぐに外に出れたらしく、すでに中庭にいた。

時刻は16時。この時間なら怒られはしないだろう。

病室へ戻る足取りはとても軽かった。



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