別離









「やあ幸村精市」


早朝、突然呼ばれたその声で俺は目を覚ました。


「驚いたなあ。やっぱり君僕の事わかるんだ」


声の方へ視線を移すと、そこにはあの少女と一緒にいた白い生き物がいた。


「俺がお前のこと見えるのそんなにおかしいわけ?」

「そう睨まないでよ、僕の名前はキュゥべえ。本来なら僕は魔法少女の才能のある子にしか見えないはずなんだ」

「へぇ、じゃあ何?お前がこの前の女の子をその魔法少女とやらにしたんだ」


どうもこいつは気に入らない。

そのせいかつい口調が荒くなってしまう。


「その通りさ。それで今日は君の様子を見に来たんだけど、どうやら問題ないようだね」

「それ、どういう意味?」

「簡単さ、だって君もうすぐ死ぬんだから」


そいつはごく普通に俺の死を宣告した。


「君の手の甲のマーク。それは魔女の口づけと言ってね、魔女が自分の獲物に付ける所有印なんだよ」

「普段なら犠牲になる前に魔女を退治するんだけど、生憎今この地域に魔法少女はいないんだ」

「あの子はどうしたのさ」


そう、を殺そうとした彼女がいるじゃないか。


「ああ、彼女なら魔女になったよ。今頃どこかで人間を襲っているんじゃないかな?」

「は?何言ってるの……」


こいつは今なんて言った?「魔女になった」だって?


「それじゃあまるで魔女は……」

「そうだよ。魔女は魔法少女のなれの果て、しいては人類のなれの果てだ」


その言葉に感情なんて何一つないのことは俺にだってわかった。


「それじゃあも……も人間だったっていうこと?」

「全ての魔女の元は同じさ」


その言葉に俺は再びキュゥべえを睨みつける。


「やだなぁ、だから睨まないでよ。これはれっきとした取引なんだ。願いを叶える代わりの…ね」

は何を願ったの」


気がつくとそんな言葉が口から出ていた。


「彼女の願いは覚えているよ。始めは魔女になりたいって言って、結局魔女になっても人格を残したい。だったかな」

「で、彼女の願いが成就した結果があれだ。君は僕より詳しいみたいだからわかるだろう?」

「俺と話していたは人だった彼女そのまま……なの?」

「いや、恐らく人間だった頃の記憶はもうほとんどないと思うよ。現に君は彼女に喰われる寸前だ。それ程魔女の本能が強まっているということさ」


そういえば2日前も同じようなことを言っていた気がする。


「他に何か覚えてないの」

「そう言われてもなぁ。そもそも僕にとっては過去の人間を覚えている方が珍しいんだよ」

「うーん……あ、確か初めて会ったのは病院だった気がするよ」

「病院……」

「もういいよね。それじゃあ僕はこれで失礼するよ。もう会うことはないだろうけどね」


そしてキュゥべえは音もなく消えていった。

一人になった俺はただただのことを考えていた。





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仲間に見送られ手術室へと運ばれていく中、俺はこれまでの日々を思い出していた。

特にと出合ってからの日々はあっという間で、そのどれもが昨日の事ように思い出せる。

今日は約束の5日目。怖くないと言えば嘘になる。

それでも、もう俺に迷いはない。

麻酔で意識が遠のいていく。

……俺は君を待っているよ。


「先生!心拍数が急激に低下しています…!」

「幸村君持ちこたえてくれ!」





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「ゅ…せ…ち」


透き通った声が俺を呼んでいる。


「起きろ幸村精市」

……?」


目を開けると、そこはいつもの部屋だった。


「今日は約束の5日後だ。答えは決まったか」

「うん、決まったよ」


の気配が鋭さを増した。


「ならば問おう。幸村精市、お前の願いとは何だ」


俺はしっかりとを見据え口を開いた。


「俺は……俺の願いは……もう一度テニスがしたい!もう一度アイツ等と、仲間とテニスがしたいんだ!!」

「この5日間ずっと考えた。俺の願いって何だろうって」

「それでやっとわかったよ。俺は独りでテニスがしたいわけじゃない。独りで勝ちたい訳じゃない」

「仲間とテニスがしたい!仲間のために勝ちたいんだって!」


これが誰にも言ったことのない俺の願い

俺を信じて待ってくれる仲間のためにも

そんなアイツ等とだから俺も心の底から願える

テニスがしたいと


「そうか…それが願いか……私の負けだ」


が笑った気がしたと思ったその時、パリン――と天井のガラスが割れ徐々に消えていく。


俺君に聞きたい事があるんだ」

「なんだ?手短にな」

「うん。君の名前を教えてほしいんだ」

「我が名は魔女」

「違うそれじゃない」


それはキュゥべえから真実を聞いた時からずっと気になっていたこと。


「君が人間だった頃の名前はなに?」

「名前…人間……我が名…私の名前?」


の身体が声が震えているのがわかる。


君は初めから魔女だったんじゃない。人間だったんだよ」

「私が人間……そう…そうだ……私の名前」


ぴしりぴしりとの黒い卵が割れて剥がれ落ちていく


「私の名前は


刹那……殻が弾け中からエンプティーとよく似た姿をした女の子が現れ、俺は慌てて抱きとめた。

そして彼女はゆっくりと目を開く。


「そう、私ずっと忘れていた。自分が人間だったこと」


あんなに願っていたのにね。と、まだ状況がよくわかっていない俺に彼女はふわりと笑った。


「ねぇ…あなたの名前もう一度教えて?」

「俺の名前は幸村精市」

「ありがとう幸村君」


そう言って彼女は涙をこぼしながら笑った。


「最後に思い出すことができて本当によかった」

「え?」

「私ね、もうすぐこの世界から消えるの」


何かの冗談じゃないかって思いたかった。

ただ何となく、彼女はこれからも側にいてくれるんだって思っていた。


「あの日魔法少女になった日からずっと決めていた。どんなに醜い姿になっても、心だけは人間でいたいって」

「人間だよ。は人間だ。の時だってそうだった」


一緒にいると落ち着いたし楽しかったし温かかった……


「幸せだった……俺は独りじゃないって、が…が側にいてくれるって」


もうわかっている。

俺を見つめるの視線からも痛いほど解る。

これはどうしても避けられないことだって。

それでも…………


「俺はずっと、ずっと君とっ…」


一緒に……と続けられる言葉は唇でふさがった。

それがだと気付いたのは彼女の温かさを感じてからだった。

ほんの少し触れるだけのキス。

それはとても甘くて……ともて苦くて……

唖然としている俺からわずかに唇を話したは呟く。


「私は蚕の魔女。我が性質は諦め。私を打ち破ったあなたに最後の呪いを……」

「あなたはこれから先諦めることを諦めなさい。どんなことも最後の最後まで絶対に諦めることはできない」

「これは魔女の口づけ。これは私の願い。ありったけの私の呪い」


真っすぐ俺の目を見つめるが優しく微笑んだ。


「大丈夫あなたは独りじゃない。あなたならその願いを叶えられる」


涙が頬を伝いそれを隠すように俺はを抱きしめる。


「私は諦めたから。だから私の分まで……」

「わかった。俺諦めないから」

「うん」


少しずつ腕の中でが消えていくのがわかる。

その分だけ力強く抱きしめる。


って名前呼んでくれるのすごく嬉しい」

「じゃあ俺のことも精市って呼んでみて」

「精市」

「ほんとだ……すごく嬉しいや」


そしてすごく悲しかった。

視界はもう涙で何も見えない。


「お願い。逝かないで……」

「あのね精市。私今とても幸せなの」


腕の中のはもうほとんど感じることができない。

その事実を必死に否定しようと嫌だ嫌だと心が叫ぶ。


「こんなにっ…こんなに幸せな気持ち永遠に忘れない」

「俺も…忘れないよ


涙でぐしゃぐしゃになりながら俺はもう一度を見た。

彼女を心に刻みつけるために……


「ありがとう」


そしては光の粒となって青空へと飛んでいった―――






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